不改其楽

キャリア開発セミナーに出て想う

社内で行われたキャリア開発セミナーに先週は出てみた。出て感じたのは、昭和初期は「天皇や日本国家のため」に生きれば良かった。その後、戦後しばらくは真空の時代があっただろうが、高度経済成長期に入ると、今度は「会社のため」に働いていた人たちも多かったように思う。
ある意味、自分以外の何かに拠り所を持つことが出来るのは幸せである。
それは宗教のようなものも同じで救いになりうるが、悲しいかな、私も含めて現代日本人の多くは信仰心を持たずに生きている。
そうすると堪えようもなく孤独で不安に駆られ、人生が虚しく感じる人が世に溢れかえる結果になってしまった。
で、話が戻るが、ここで信じるのは自分自身で自分の人生を生きなければ生き甲斐を感じられなくなっている。
自分で決めた人生を自分のために生きなければならないというのは自由であり過酷でもある。私はうつ向いて何もしないで心を閉ざして生きるのは楽しい人生ではなく、学んだり、いろいろな物を見て、いろいろな人と出会い、楽しいこと、面白いことを辛い目にあいながらも探すのが人生なんだと近頃は思う。
虚勢を張り、自分を大きく見せようとする人はますます小さく見えるだけである。自分を自分以上に見せても疲れるだけである。
その一方で向上心を失わず、自信を失わないというのは難しくも憧れる生き方である。
「向上心を持たない奴は馬鹿だ。」という夏目漱石の虞美人草の一節をふと思い出した。
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お金の価値観のお話

お金の価値観というものほど人によって異なるものはありません。そのため他人のお金の使い方を理解するのもなかなか難しいかも知れません。
人によっては、私ののようにクワガタにお金を遣うのは馬鹿馬鹿しいと思うだろうし、井の頭動物園の年間パスポートも動物を暇があったら見ていたい私みたいな人間にはとても価値がありますが、他の人には無駄な出費に感じるかも知れません。
面白いのは一般的に男の人は異常にガソリンがリッター数円違うことにこだわることが多く、女の人は砂糖と玉子の安売りに目を光らせているような気がします。
またガソリンがリッター1円高いことに憤慨して鼻息がふうふう言ってる人も、ジョッキで飲むアルコールには太っ腹だったりします。
CHANELやLouis Vuittonには甘い人も玉子と砂糖には厳しい評価を下したりします。
他にも清涼飲料水や自動車なんかも強いこだわりを持っている人を屡々見掛けます。
何れにしても、将来のことまで思い悩んで、チマチマ貯め込む必要はないと思いますが、今持っているお金以上には遣わないのが私のお金に対する姿勢です。
そうは言っても、ローンはあるので、早く借金は返したいなあと思ったりしています。中には背伸びして高い生活をして自分に喝を入れて頑張る友人もいますが、私は自由気ままな生活に憧れます。お金が要らない訳では決してありませんが…

上腕二頭筋

スポーツクラブで上腕二頭筋を鍛えてきた。課題を持って、部分的に鍛える。本当はもっと限界までやりたい気もするが、あまりやりすぎると生活に支障をきたすのでほどほどに。
スポーツクラブで泳いだりしているときは、頭の中が空っぽになってすっきりする。唯一、考えるのは「キツい。もう駄目だ。」と思ってから「あとちょっと。」そして、時々「自分に負けない。」という気持ちが湧き上がる。
ほとんどぐうたらに過ごすのが好きな私ですが、たまにそうした時間を持つのは大切なことだと思います。

バフェット投資の王道を読む

バフェット投資の王道(ダイヤモンド社ロバート・P・マイルズ著)を読んだ。彼は複利計算が株式の最大の武器のように語っているが、一方ではあまり頻繁に売買すべきではないと言う。複利の旨味を享受するためには売買を繰り返さざるを得ない気もする。

ただひとつ、値上がりしている株を売り、値下がりした株は持ち続けるのは、逆であると書いているのは、当を得ている。何故なら価値の高いものは売らずに、価値のないものを処分するのが普通なのに株式の世界では全く逆のことが当たり前のようにまかりとおっているから。

投機をするのは資本主義のモラルを崩す面もあり、投資に徹すべきという彼のスタンスには共感を覚えた。
バフェットが会社を買収しようとすると「私たちの会社をバフェットが買ってくれる!それほど私たちの会社は素晴らしいんだ!」と喜喜として語られ、株価は急上昇すると言う。どういう人物なのか、ますます知りたくなった。

組織で働くとは即ち自由を奪われることなのか。

一日の仕事を終えて家路につく。

一日中、パソコンに向かい、業務をこなしている。ふと目の疲れを覚えて、眼鏡を外して、眉間を抑えている自分を見ている、もう一人の私が言う。

「一日中、パソコンにかじりついて、会社に引き込もっている私はある種の『引きこもり』なのか」と。
大学を出て働き始めた頃は、ネクタイという首輪をして会社で飼われているような気がして、自分が飼い馴らされていくような感傷も時として抱いたりしたものだ。大学で責任を一切、伴わない絶対的な自由な思考に慣れていた私は会社の考え方がひどく狭い価値観に縛られているように感じることも度々あった。
しかし、ある人の話を本で読んだ時に、その考えが間違っているのではないかと感じるようになった。

それは死刑囚(故人)だった****の書いた詩集である。彼の自由な発想と感受性は、(冤罪かどうかは、今となっては分からないが)衰えることなく、いやむしろ閉ざされた耐えがたき環境の中で研ぎ澄まされていった。その詩集を読んだ時に、私は感じた。人によっては環境によって思考を硬直化させるのではなく、硬直化した思考を環境のせいにしている人もいるのではないかと。

一方では、一面的に物事を決めつける考えには、生理的に反発を覚える。絶対に正しいことはこの世には存在しないし、類型化も統計も全面的に信用すれば足元を掬われることは心にとめておく必要がある。
そうしたいろいろな影響を私に与えてくれたあの詩集は、もう手許にはない…

「最強の投資家バフェット」を読む。

最強の投資家バフェット」牧野洋著 日経ビジネス文庫を読んだ。

興味を抱いたことはまとめて何冊か読むのが昔からの習慣。
学生時代は哲学や心理学や文学が圧倒的に多かったのですが、最近はビジネスよりなのは興味の対象が移って来ているので、それ自体、興味深い。
バフェットは長期投資によって、ビルゲイツに次ぐ巨満の富を手にしたアメリカ経済界の立志伝中の人物。
どのように最終的に投資銘柄を決定しているのかは、はっきりしないところがあるが、基本的には好きな会社に投資するというスタンスを貫いている。
好きな会社に良くなって欲しいから株主という立場から会社に意見も言う。
コーラが好きだからコカ・コーラ株を取得し、アメックスを使うからアメックス株を保有するというスタンスで非常に分かりやすい。
しかし、いろいろな分析をしたといっても、大量取得、時には買収というやり方を参考に出来ないのは、ちょっと辛い。
伝記は大好きなんだけど、日経の元記者が書いただけに、事実に基づいて、淡々と書いていて、日経新聞の記事を読んでいるような感じで若干、味気ない。
この前、読んだカーネルサンダースの物語の方が、ずっとワクワクした気分になった。
読み終った時には、ケンタッキーのフランチャイズをやってみたくなったもん。マジで。

苛め抜く姿勢

JRの事故を報道する姿勢に対して、最近、感じていることがある。
それは、報道するリポーター、コメンテーターの多くは、「俺たちは正義で何を言っても許される」という姿勢である。
しかも、絶対に何を言っても奴等は言い返さない、なぜなら奴等は人殺しであり、人間のくずだからだというような態度で正義漢を気取っている。

被害者がJR西日本の人間に感情に任せて憤りをぶつける心情は察するに余りある。
しかし、「事故の起こる可能性は以前から指摘されていた。」「彼らには人間らしい心がない」などと平気で口にするマスコミの神経はJRと似通った違和感を私は感じている。

他人を苛め抜くその姿勢は正義漢ではなく、卑劣漢である。

その証拠に、彼らは、ライブドアとフジテレビの報道に対しては自分たちの問題だけに、急に及び腰となっているではないか。

一場選手の金銭授受の話になると途端に及び腰になったプロ野球と同じ匂いがするのだ。

他人に厳しく接することができるのは、自分の問題についても厳しい態度で臨めるもののみが許されるものではないだろうか。

奈良オオクワセンター東京事業部へ行ってきました。

今日はスポーツクラブで泳いだ後で、武蔵境にある奈良オオクワセンターに行って来ました。
以前から関西のオオクワガタの大手業者が東京に進出して来たのは知っていたのですが、行ったことがありませんでした。

お店が広くてむし社より見やすいし、安いので今後はここを活用させてもらおうと思っています。
こちらも女性社員が何人も接客していました。虫好きな人が案外、女性に多いのか、給料が低いので女性が中心にならざるを得ないのかはよく分かりませんが、恐らくどちらも正しいのではないでしょうか。
お客さんも店内も広いので中野ほどぎゅうぎゅうではありませんでしたが、駐車場もあるので遠方からも結構来ていました(ナンバーを見たら)。

お客さん「うちの佐賀県産のオオクワのオスが死んじゃったんですが…」
店員(女性)「メスは何ミリくらいありますか?」
お客さん「40ミリ弱だと思います。」
店員(女性)「それでしたら、70ミリくらいのオスと交配させた方が良いと思いますよ(笑顔)。」
う~む、相変わらず虫のお店は奥が深い…
むし社といい、奈良オオクワセンターといい、常に新しい発見があります。
電池入れてバトミントンのラケットみたいなのを振り回すと蚊を退治出来るというホンマかいなというような商品もあればドイツの標本箱のようなお堅い商品まで幅広い品揃えですが、生体はむし社よりも種別の記載が専門的で、勉強不足の私には、よく分かりませんでした、とほほ~

結果論より推論で

最近、テレビを見ていると結果論で話をする人たちを多く目にします。そして、推論でものを語る人たちを「それは推測じゃないのか」と全面的に否定したりして・・・。
でも、結果論は誰でも語れます。仮説を立てて語ることを大切にしなければ新しいものは何も生み出せないと私は思っています。

「どうだったか」ではなく、「どうなるか」を考えることが、重要です。

多分、自信がないことの裏返しが結果論でものを語らせているのだと思いますが、私は根拠のない推論が若さだと思うし、それは年齢ではないのです。
根拠のない不安に押し潰されそうになりながら、暗闇の中を光を求めて歩き続けるのが人生だと思います。
「生きがい」が見出せない人がたくさんいると思いますが、生きがいって「やりたいこと」をやるのが生きがいだと思いがちですが、ひょっとしたらやりたいことをやっても、例えば無人島で好きなことをやっていても面白くないのかも知れません。誰かに社会的に自分の存在を認めてもらうことが生きがいなのだと思います。

他人からどう思われようとも、やりたいことを貫けることは、素晴らしいのですが、それが評価されたらもっと素敵だと思います。

中野のむし社へ

中野のむし社がゴールデンウィークセールをしているので出かけて来ました。一般の人には理解不能だと思いますが、虫や虫の餌を売っているお店が写真のような大混雑で身動きも出来ないほどです。丸井のバーゲン以上の賑わいを見せています。面白いクワガタの写真も撮ろうと思いましたが、挫折しました。。。
花を育てるのと同じで、手塩にかけてやることが、良い個体を生み出します。昔、花のコンクールで優勝した老人が「私の家は陽当たりがあまり良くないので、一日に何回か陽当たりの良い場所に鉢を移動させてあげていました。」とはなしていたのを思い出しました。
興味の無い人から見れば馬鹿馬鹿しいかも知れませんが、私はとても良い話だと思いました。

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