不改其楽

かきの釜飯

今日は、藍屋でかきの釜飯を頂きました。


ものすごく久しぶりに藍屋に行きました。


前の会社に勤めていた頃は、たまに同期と食べに行ったりしていました。


転職したことは、そんなに後悔していないんですが、同期がいないのは、ちょっと寂しく思うときがあります。


前の会社の同期も、既に辞めて行った人も多くて、別々の道を歩いていますが、たまに会うと、大学を出たてで東京に出てきた頃を思い出します。


いろんなことが藍屋で食べていると思い出されました。
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生きがいについて

生きがいについて」神谷美恵子著


この本は私が学生の頃、繰り返し読んだ本のひとつです。


あんまり繰り返し読むので二冊買っていたくらいです。


内容については興味のある方は読んで頂ければ良いかと思いますが、神谷さんの著作集を読むことで、より良く生きるとは何かを深く考えさせられました。


何十億といる「人間」という種で考えれば、生存について考える事は滑稽ですらあります。


それでも、より良く生きたいがために、「人」は悩み、苦しめられます。


そうした問題に真正面から向き合った神谷先生を私は尊敬しています。


「人間」であるにとどまることなく、「ひと」として生きるとは、どういうことなのかということをたまには考えてみたりする事が、大切なんじゃないかな~なんて思っています。

或日本人の夕飯

南瓜の煮付け、茶碗蒸し、お味噌汁、白米。

南瓜のおいしい季節になってきました。
とてもホッコリしていて食べるとサザエさんみたい胸につかえます。

日本人のご飯です。

標本作り

このコクワガタ、マンションに飛んで来て、夏の間は元気にしていたんですが、寒くなってきて、死んでしまいました。

虫の命は儚いものです。

ニンベンに夢と書いて「儚い(はかない)」と読みます。


…この漢字を考えた人は深い想いをこの字に託したんだと思います。


儚いことを知ることも、私は大事なことだと思います。


虫を何故飼うのかと言われても、生き物が好きだからとしか言えないんですが、そういう儚さを知るという意味合いもあると私は思います。

そして、大自然の中で生きているその生態を知ることは、即ち、人を知ることにも相通ずると思っています。

ハワイのよもやま話(帰りの飛行機編)

帰りの飛行機では、ちょうど真ん中辺りの、前がスクリーンになっている席で「前が広くて良いか。」くらいに思ったのですが、これが結構、曲者でした。


テーブルが使いにくい上に、隣の人が左利き…

隣の人の左手があたってご飯、食べにくっ!

その上、隣の人がタダならということで際限無く、お酒とスナック菓子を頼んで、飲み終わったコップを足許に置くので、隣の人がトイレに立った隙に、そおっと足で押し返してみたり…。


それでも、どーにかこーにかご飯を食べ終わって、「さぁて寝るか…」と思ったら、映画「ロボッツ」が目の前の大スクリーンで始まってしまいました。


目をつむっても光がチカチカ…

もう、こうなったら諦めて映画を見ようと思って見始めたのですが、劇場でご覧になった方は分かると思いますが、「ロボッツ」をわずか数十センチしか距離を空けないで見るのは、拷問に等しいものがありました…


ロボット達が繰り広げる愛と勇気の冒険ファンタジーと言えば聞こえが良いですが、私にとっては、至近距離でロボット達が所狭しと走り回るので、疲れ切ってしまいました…


お願いだから、もうちょっと落ち着いてくれって心底、思いました。


日本に着く頃には、頭がガンガン。


良い子の皆さんは、「ロボッツ」は離れて見た方が良いようです。

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